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2009/8/18 (二) at
8/17 沖縄
西面フラット。
東面も腰~腹、風も北北東に振ってきた。
明日の午後の満ち込みのイーストスエルに期待したいね。
やっぱ、そろそろ波に乗りたくなってきたね~
明日以降はずっと東ウネリが続きそうだね。
ゴーサーフ!さて今回の台風8号セッションの皮切りとなったのが、那覇の沖合にあるアウターリーフでのレッドポールセッション。
アイランドメッセージ社のヒロ丸に乗って、サーフサーチを兼ねてこの初めてのレフティをトライしたわけだ。
船からでは解らないサイズ、水深、流れなど不安な要素が沢山ある中、やっぱりカービーがいの一番に6、4でパドルアウトした。
それにつられてヒグケン、サトルも後に続いた。
高橋の双子の兄貴であるトシオのジェットアシストも駆使してのフォトセッションが始まったのだ。
ポールに吸い寄せられる様に6フットのピークからテイクオフすると、そのままトップチューブになる波とマッシーブレイクになってしまう波と両極端だった。
ただ乗り込んでインサイドに行くと、いきなりシャローリーフに吸い上げられる危険性もあったが、やはりバージンサーフなので一つ一つ学んで行くしかなかった。
サトルはいち早くリーフを見切り、インサイドのチューブをメイクするなど、久々水を得た魚の様に乗りまくっていた。
空港からそのままこのセッションに突入したヒグケンも、持ち前のゴーフォーイット精神で
セットの波をグラブレールでプルインし、メイクするなどセッションも加熱してきた。
そんな時、カービーがミディアム級のセットをつかみ、インサイドにつなげて行った。
ジェットスキーが喰らいそうになるぎりぎりの位置から撮影したが、カービーはインサイドボウルにプルインした様に見えた。
そして波が通り過ぎ、振り返るととカービーの折れた板が見えた。
いつものカービーなら機敏に泳いでアウトに出て来るはずなのに、何故かモゴモゴスープを喰らいまくっている。
セットがようやく止んでジェットで助けに行ったら、いつものカービーとは顔つきが違ってシリアスな状態だった。
右肩をリーフにヒットして動かないという。
ジェットに上げようにも体に触ってほしくないようだったので、折れたテール部に残ったリーシュをジェットにくくり、そのハーフピースにカービーが腹這いになり、引っ張って本船に連れ帰った。
船に戻ったカービーは辛そうだったが、エマージェンシーではないと判断したのでセッションはそのまま続行した。
しかしセッションを終え、本船に戻ったキャプテンの高橋はカービーの姿を見て驚き、ダッシュで港に戻る事になった。
結局その日は病院に行かず様子を見たが、痛みが引かないので翌々日になってようやくレントゲンを撮ってみたら、骨折でもなく脱臼でもなかったので本人も一安心。
でももちろん肩があがらないのでノーキャンサーフ。
いよいよタイフーンスエルでゴーインオフしだしたスナベの波を見ながらカービーは本当に辛そうだった。
あんな落ちたカービーを見るのも初めてだったが、まさかあんな怪我をするとも思わなかっただけに、サーフィンとは誰が、いつ、どこで、何が起きてもおかしくないんだと思い知らされ、これからのタイフーンセッションへのフンドシを締め直す大きな出来事だった。
元気に先頭切って海に飛び込んだカービーだったが、、、
大海原にポツンと立っている赤いポールめがけてセットが押し寄せてきた。
インサイドのシャローリーフの餌食となったこの一本。
また肩を直して沖縄に戻って来るよ、とカービーは台風セッションの最中内地に戻って行った。
沖縄 北谷 シーサイドホテルザ・ビーチ スタッフ 渋谷